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5・15事件(一海軍士官の青春) 15

 投稿者:管理人  投稿日:2010年 6月15日(火)10時46分59秒
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  5・15事件(一海軍士官の青春)  林正義 著

   第3章  東京軍法会議


      1.公 判 (前)

 この年の四月、桜の侯、になんとはなしに頭に浮んだ三十一文字。

    奥山に一本桜咲き出でて
          人にも見せず只にほふなり

 自作のへなぶりを画仙紙に書く。今まで草書を少しばかり書いていたので、仮名も出来るだろうとやってはみたものの、なかなかもって容易ならず、これもまた数十枚書いたが一つとして思わしくない。仮名が一番むつかしいようだ。この歌は読んで字の如く、同じ桜の花でも何本か一所にあり、人間が観賞に容易な場所であれば時期ともなれば押すな押すなの大盛況であるが、人里遠く離れ小径さえなき幽静な奥山に、雑木の間にポツンと一本春来って花咲き、一人として観賞する人さえなく、その存在さえ世人が知らぬ桜木を思えば、なんともいえぬ優雅なものである。桜自身は本来人に見てもらうために咲くのでもなく、ただ天の時に会って自性の精を自ら発揮するのみ。人間としてもかくありたきものである。宣伝がましき行動、人に見せよがしの行いはいや味があるものである。

 静かに監房に独居すれば、自らいろいろの文句が出て来る。一例を挙げれば、至忠忘忠。至忠忘忠はこれまた説明の必要を要しないであろうが、敢て説明すれば世に忠義忠義と云々され、軍人勅諭の五ケ条の第一項は「軍人は忠節を尽すを本分とすべし」とある。真の忠は忠義を尽して己は忠を尽したと意識が残らないことである。すなわち忠自体になりきっておれば遊戯三昧である。無心であり、客観的に見れば忠義の行いに徹していることであり、すなわち孔子のいう己の欲するところに従って則を越えず、自由自在に手足を動かし行動すること自体が忠義にかなっていることである。元来忠とは中心といってもよいのである。問題は中にある。支那では未発の中、日本では天の御中主神、すなわち対立、陰陽未だ分れざる以前のところで純一無雑にして絶対一ともいってよいであろう。この境地に立脚しての行動は凡てこれ忠であろうし、こうせねばならぬと規制されたものでもなく、またかくすべきと力むことでもない。人間本来一に帰着せんと志向しているものであり、そこには忠を尽して何物か代償を求める気持がある筈がない。物理的には求心力である。中心より見れば遠心力である。すなわち統一と分散が完全調和されたところであり、物の存在の本来の道義もこんなふうにあるのではあるまいか。

 七月十八日、いよいよ公判も近づいて、法務官の取調べを受けた(島田清氏に非ず)。調室に行き、イキナリ態度が悪いとお目玉を喰う。親の年齢を聞かれ、父は何才、母は父に七ツ年下であり父の年から七ツを引いて母は何才と答えたが、故人であることにハット気づき、但し七年前に死にましたというと、死んだ者に年があるかと怒られた。なるほど死人に年なしだとは思うが、そうガミガミ怒らんでもよさそうなものだ。こんな裁判官に限って「天皇の御名の下に」とすぐ担ぎ出す。天皇の大仁慈も知らず傘にきるだけは大の得意である。何か一口いってやろうかと思ったが、大人げないような気がしてやめた。

 級友坂井君よりは法廷で雄弁を揮うのを期待していると手紙が来たが、生来演説をしたことはなし、さらに一切を天にまかした今日、何もいうことはないと返事を出す。
 林逸郎弁護士、浅水特別弁護人、志波少佐、島崎少佐来所。林弁護士は自分が予審で嘘をいったのは再挙を計るためであったと判って嬉しかったという。公判直前になり、刑務所では好意を以て監房のドアを開け放して、自由に出入り出来るようにしてくれ、無名氏よりは富有柿など沢山差入れがある。自分は書債があるので借金払いで一生懸命である。村山格之君は字の下書をしてくれと頼んでくる。本来村山君は上手という程ではないが、悪筆で仕方がないという程でもない。手本を書けというので、彼の自作の詩を画仙紙に書いて渡す。これとても一枚ではとても駄目なので何枚か書く。

 級友から差入れてもらった蟹の岳詰と梅干と喰い合せて中毒を起し、じんましんが出来、下痢をする。カルシュウム注射を病室で打ち、何か呑み薬を服用して全治まで数日を要し多忙を極める。

 一日山岸君が三〇番の監房に来り、黒岩君らは公判闘争をやると息巻いているが、貴様の意見はどうかという。「俺は公判で闘争なんかはしたくない。天の聖断に任せる積りで何もいいたくない」と答える。山岸君は同囚の級友(古賀、中村、山岸)を集めて懇談したいとのことで、中村君の房に集った。いろいろ意見があったが、一同林の意見に賛成と決った。ついては三上、黒岩両君に交渉方を依頼され、代表して黒岩の監房で両君に会い、先づ彼らの意見を聞いた。三上君は決行の趣旨を国民に普及し奮起を要望、以て公判を通じ時局を是正したいのだという。黒岩君は三上の意見に同調。そこで自分は吾々の行動は決起趣意書に書いてある通りであり、心ある者はこれで解るであろうし、少くとも自分は天を相手に実行した、行動の是非はどうであらうと心中は知る人ぞ知る、もし一人もなくとも天これを知る、特に宣伝がましいことは好むところに非ず、黙々と実行するところに吾々の値打があるので、こと終った後でああだったこうだった、とおしゃべりはあまりしたくない。三上君は貴様の気持はよくわかるが、俺は公判で闘争をやると頑張るので、自分は「俺らの気持が分ってそれでも貴様達がやるというなら、それもよかろう」と交渉を打切った。この経緯を同囚の級友に伝えて、自分の監房に帰った。

 公判廷に行く途中で着る着物がないので級友が作って来てくれ、法廷では軍服、その準備一切は級友の方でやってくれる。彼らも昼は軍務があり吾々の世話で大変であろう。看守長来訪、明日より公判が開かれるが公判中はニンニクを食うことを中止してもらいたいとの申込みであり、一同中止した。
 七月二十四日、この日いよいよ公判開始となる。被告一同白がすりに袴、編笠姿で監房を出れば、既に刑務所の広場に護送用自動車、警戒の憲兵隊、警察いずれも物々しく待っている。先頭は警部を隊長とする警戒中隊の自動車、次に横須賀憲兵分隊長等の制服憲兵の車、三番目に被告の護送自動車二台をはさみ二名の看守長が続き、この日の警戒陣はすこぶる物々しく、ピストル携行の特別隊車、神奈川県特高課長、横浜憲兵隊長等の私服憲兵、最稜にピストル姿の警官隊を詰め込んだトラックが後尾を警戒するという厳重さであり、沿道にはおびただしい群集が炎天下に立ち並び、あたかも天皇陛下の行幸ででもあるかの如きものものしさの中を、午前八時過ぎに軍法会議に到着した。到着と同時に海軍士官の白の軍服に着換え、各々部屋分けして控室に通され、偶然同室になったのが大庭春雄少尉である。

 午前九時被告入廷。ただし無帽無帯剣。被告席に二列横隊に着席。続いて塚崎弁護人を筆頭に清瀬、林、福田、稲本の五弁護人、朝田大尉、浅水中尉特別弁護人が着席。既に傍聴席は満員の盛況。しばらくして、高須大佐並びに判士大和田少佐、藤尾、木坂両大尉、補充判士大野大尉、高法務官、係り検察官、山本法務官入廷。天井には扇風器が音もなく回転している。法官の前には一万枚に上る調書が積まれている。ついで特別傍聴人が入廷。海軍側では堀田政務次官外その他内務、文部両省思想関係者、民間側では法学博士松波仁一郎氏、代議士浜田国松氏等の顔が見える。

 時に午前九時二十五分、この時高須裁判長は「これより公判を開始致します」と厳かに宣す。ここに歴史的公判はいよいよ開廷、満廷粛として炎熱を忘れ、裁判長の一言を聞き漏すまいと聞入る。まず裁判長は低声に左端の古賀君を招き、身許調べを行う。古賀君は低いが明瞭な語調で答える。裁判長は「次」と呼んで中村君を招き、同様公訴状記載順に従って各被告の氏名年齢を問う。最後に塚野君(大尉)に対する氏名身許調べが行われ、終って高須裁判長は「これより公訴状の陳述を願います」と検察官席に顔を向けた。山本検察官は法官席の最左端につと立上って、次の如き公訴状を冷厳に朗読した。

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