teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


新着順:5/6 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

学校の意味

 投稿者:武井佑紀  投稿日:2008年11月17日(月)15時19分48秒
  通報 返信・引用
  みかおお疲れ様です。
ジュニア、死の教育について潰す感じになっちゃってごめんなさい。ちょっと自分の意見を圧しすぎました;;;でも議論面白かったです。今度死の教育を議題にしてもいいね!

さて。

私にとっての教育というのはやっぱり「生きる力」を獲得する手助けをすることなんですね。

これ、「ズルい言葉」なんで言えなかったんですが。何でもありなわけですよね、生きる力って。

学校の意味ってのが何なのかはわからないですけど、生徒が卒業するときに知識やら技術やら意見やら目標やら疑問やらその先に繋がるものを持っていてくれれば良いと思っています。
それが学校じゃなきゃ出来ないのかっていうと微妙ですけど。

でも学校って…確かになくてもいいかもしれないけど、なかったら困るし、たぶん学校に代わる何かが出来る気がします。集団行動を学べるようなコミュニティが地域に出来たり、塾ができたり(もうあるけど)、家庭で常識教育がちゃんとできるようになったり、宗教ができたり。そういうのを全部学べる可能性があるのが学校である、つまり、学校は何かの教育を行う一つの道具であって、別に「学校じゃなきゃできないこと」を探す必要はないんじゃないかとちょっと考えがまとまってきました。極論言えば、みーんなが塾に通えて勉強できるなら学校で授業しなくなってもいいんじゃないかってことです(勉強する楽しさみたいなものは考えないとすると)。

ジュニアが言った死の教育をするもよし、廣澤さんが言った本を読めるようにするもよし、みかおが言った学問を学ぶもよし…それは人それぞれ違って良くて、一つにまとめることはできない気がしてならないです。

「何か一つについて議論する」なら色々出たかもしれないけど「一つに決めて議論する」となると私にはちょっと難しかったです。

では、何で教師が必要なのかというと、生徒が自分たちの力で乗り越えられないことの手助けをするためだと思っています。だからこそ多様な生徒に対応するためにたくさんのことを知っていなければいけないわけだけど。

「私は先生から学ぶことなんて何もありません」って結論付けた生徒がもしいるならばそれでも別に構わないと思います。「勉強は塾でやるし」でも別に良い。
でもまぁ、存在してるからには一応教師の存在意義を出来るだけ多くの人に感じてもらいたいわけで…それならそういう教師になるしかないんでしょう。もしくはそういう教師を育成するようにするしかないんでしょう。

屁理屈っちゃーそうだし、ズルいっちゃーそうなんだけど、学校の意味を決めとく必要自体あんのかなぁと思います。
国として学習指導要領を作るとか教員試験があるとかそういうのはあくまでマニュアル化できる範囲の話であって教育の大部分はマニュアル化できないことだから、それぞれの意識に依存するしかないんでないかと思うです。
 
 
》記事一覧表示

新着順:5/6 《前のページ | 次のページ》
/6